昭和43年10月02日 夜の御理解



 氏子が神様任せなら、神様が氏子任せになると仰せられますからと、金光様は教えておられます。ですから、本来神様は氏子が右と言や左、左と言や右といったように、その、意表外に出られる、といったような事が、神様の働きじゃない。本当言うたらその、氏子の言うなら心任せ、氏子の思いに任せて、おかげを下さる、また下さりたいのが、神様の願いである。
 ところが、私共の右にしたい、左にしたいという事はいつも自分の身勝手、いわば我情我欲を中心にあって、ああ在りたい、こう在りたいというような不純な物があるから、そこんところが段々、正されて来ると言うかね、改められてくると、神様は本来は、神様は氏子の心任せに動いて下さる、いや心任せに動きたいという神様。その心が、神様の本当のいわば本心なんです、ね。
 ところがその私共の心の中に不純な物があるから、そこんところを信心は、その不純な物を取り払って行こうというところに、改まりがあり、磨く事がある。限りなく美しゅうならせて頂こうという事が言える、ね。そこから神様が氏子任せになって下さるという、そのおかげの道が開けてくるのですよね。例えば今度、合楽の御本部参拝は13日のお祭りであったから、12日から発つようになっておった。
 ここ合楽の今、生き方とでも申しましょうかね。いわゆる成り行きを受けて行こうと言うのが、受けて立とうと言うのが成り行きの生き方でしょう、この合楽の生き方だ。それを大祭が近づいておるから、それは行けないと、と言うのはこれは私共の、まあ言うなら我情であると。けれどもまあ、御信者さん方の言われるところから言うと、いわゆる一記念祭でもあるし。
 その教祖大祭を本当に有り難いご用をさせて頂く為には、どうしても引き続いたんではご用がおろそかになる。そこで、どうしても日にちの変更を願わにゃならんという事で、それならばバスでお参りをするより他ないという事になった。そこでその、お願いをさせて頂いて、7日のはずが6日、7日は日曜である。もうバスが一台もなかった。そこで3日4日の御大祭を頂く。
 そこで、まあ3日4日のバスの契約が出けて、まあ明日から出発する訳ですけれども、だいたい言うたら合楽の生き方じゃない訳なんです。ね、いわゆる受けて立とう、成り行きを受けて立とうという生き方ではないのですけれども、そこに人間のですね、様々な都合がある。そこで、私がその時に神様には、こうやってどうしても信者方が13日では行けないと言うておる。
 変えたいと言うておるからお繰り合わせをお願いさせて頂きましたら、その時私がお知らせ頂いたのがですね、この、稔という字ですね。禾(のぎ)偏に念ずると書いてあるでしょう。それをあの、木偏に念ずると書いてあった。だから心でその念ずる、心で思う。はあ13日より7日がいい、という風にね、それだけではいけない。それではおかげに稔というおかげにならん、ね。
 そこで私はちょっとした心の上に修行させて頂いて、まあ皆さんで言うならその、様々なそういう場合にお取次ぎを頂いて、ね、あのお願いをさせて頂くと、こちらの思い通りにお繰り合わせを下さる事がございましょうが。ね、こういうところを一つ皆さんあの、体得されますとこの成り行きを大事にして行くという事の在り難さという事と同時に、またみ易い事という事が分かります。ね、
 ただ13日にわり当てられとるとを7日にしたり、4日にしたりと。と思うた時はやっぱ木偏に念ずるである。これじゃ稔という字にはならん。ね、そこで、ならちょっとした修行でもさせて頂く、お取り次ぎを頂くという事になって、上にちょっとこう、木偏が禾偏になるとそれが稔という字になる。稔と言うのはおかげという意味になる、ね。そこから、私は今度の御本部参拝は3日4日になった訳でございますが。
 それとても考えて見ますとですね、始めの間は6日7日だった。ね、ところがこちらの思いであるところの6日7日出けなかったんですね、もう一台もバスがなかった。そういうところに、次の神ながらな働きという物を願うことが出来るという事が分かりますね。一つの事柄というもの、一つの、ね。私共の願い、思いというものもです、一の段階でダメだったら、次の神ながらがあるのです。
 神様のお働きの中には、そこに自由無碍な、自由自在な働きというそこんところを、こちらの信心一つで頂き止めて行かなければいけない。だいたい神様、13日に参りますのが本当でございますけれども、13日はちょうど16日の御大祭に差し支えますし、ご用も10日ぐらいから始まりますから、どうぞ7日にして下されと言うて願うた。ところが7日は行けなくなって3日4日という事になった。はあ、そこで3日4日が神ながらの日として行けていく事ができる。
 そういう神ながらな働きを頂いておるという事をですね、感じなければ、今朝の御理解じゃないけど不安なんです。自分勝手に決めたと、自分勝手に動いたといったような事では不安だ。ね、その先も神様にお任せ出来るのですけども、やはり神ながらな事じゃないと安心が出来ないというのが、私共信心させて頂く者の、有り難いところではないかという風に私は思うんです。これは御本部参拝だけの事ではありません。
 銘々の一身上の上においても、一家の上においても神様は右と仰って下さったんですけども、こういうような都合でございますからと再願い、ね、再び改めてお取次ぎを頂いて願う。それでも行けん時には修行でもさせてもらう。これはサンフランシスコの福田先生が、サンフランシスコに布教に出られる為に親教会で一生懸命修行があっておった。金光様、三代金光様にその事をお伺いしたところが3年か4年か待てと仰った。
 所がご承知のように福田先生ていう方は非常に積極的な方。金光様私が一年早く行きゃ一年あちらの人達が早く助かる事になりますから、ね、と言う様な気持ですねそれから一年間もう毎日修行が終わる時お広前が閉まったら、お広前の自分の親教会の天井を毎日拭かれた一年間そういう修行をなさった。まあどの程度のお広前か知りませんけれども大変な事であったろうと。そして一年後に御本部に出てから改めてお伺いになった時には、それこそ何百体という御神米が一遍に下がったというお話でございます。
 いわゆる3年か4年先でなからなきゃいけんのが神ながらなんだけども、氏子の信心修行によって、3年で頂くおかげが、1年間に短縮されたと、というような事もある。同じような事が言えると思うのですよ、ね。そこにあの、私情とか、次の神ながら、神ながらなおかげを頂かなければいけません。けれどもその、神ながらと言うても私共それを受けられない場合もあるね。
 私共の考えがです、右より左の方が良い場合もある。そういう時にはひと修行させてもらうと。いわゆる木偏に念ずるとおいては稔じゃないけれども、ちょっと心掛けさせてもらった修行させてもらうと、禾偏になる。ね、稔というおかげになるという事になるのです。ね、ですから信心させて頂くならそういうようなところも段々体得させて頂かなければならんと思いますね。
   どうぞ。